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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)2119号 判決

原告 ジョコージャパン株式会社

右代表者代表取締役 中田正太郎

右訴訟代理人弁護士 小口久夫

被告 天野妙子

右訴訟代理人弁護士 田中平八

主文

一  被告は原告に対し、金五二三、三〇〇円と、これに対する昭和五〇年三月二三日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文第一・第二項と同旨。

2  仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四九年三月六日ごろ、ミカ洋装店なる商号で洋品類の販売をなしている被告に対し、左の約定の下に次の毛皮類の衣料品一四点を委託販売の目的で寄託した(以下「本件契約」という)。

(一) 寄託する商品

ミンクコート一着(納入価額金五〇〇、〇〇〇円)、羊皮チョッキ一着(納入価額金二二、三〇〇円)(以下「本件商品」という。)外一二点。

(二) 被告が寄託商品を納入価額以上で販売した時は、その差額は被告の利益とし、かつ七日以内に右納入価額を原告に支払う。

(三) 被告は原告の要求あるときは、直ちに寄託商品を返還すること。返還しない場合は、その納入価額を弁償する。

2  原告は昭和五〇年一月末日ころ、寄託商品が一点も販売されなかったので、被告に対し右商品全部の返還を求めたところ、そのうち本件商品は盗難に遭ったため返還が不能となった。

3  よって原告は被告に対し、本件商品の納入価額合計五二三、三〇〇円の損害賠償およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五〇年三月二三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。同3は争う。

2  本件商品は被告の店舗で昭和五〇年一月一四日午後八時頃より翌日同月一五日午後四時頃までの間に何者かに盗まれ、そのため被告は原告にこれを返還することができなかったのである。

三  抗弁

1  本件契約に際し、原告は自己の負担で寄託商品に盗難保険を付し、これにより被告の故意又は重大な過失によらない損害を填補することを約した。それにも拘らず原告は保険に加入することを怠っていたため、本件商品の盗難による損害を回復できなかったものである。

2  被告は本件契約による寄託商品について、善良なる管理者の注意をもってその保管義務を果たした。すなわち、

(一) 本件商品を含む原告の寄託商品は、被告の他の婦人用高級洋服とともに、被告の店舗の商品陳列用ハンガーに掛けられて陳列されており、昭和五〇年一月一四日午後八時頃、被告及びその従業員である小原久美が右店舗の表裏出入口を厳重に点検施錠し、同店舗二階裏側の窓の外側の二枚の木の雨戸を締めた上これに木製の落とし桟状の錠をし、その内側の木製の格子のガラス戸二枚をしめ、この接合部に棒状のねじ式錠を施し、店内の商品を点検して異常のないことを確認して帰宅した。

(二) 翌一月一五日午後四時過頃、所用で被告が右店舗へ行ったところ、同店舗表入口ドアが何者かによってこじあけられようとした形跡があり、二階裏側の木の雨戸及びその内側の格子のガラス戸のガラスが巧妙に外されたうえ右ガラス戸の棒ねじの錠も外されており、店内にあった本件商品外二点の婦人物洋服が紛失していることが判明した。この情況からみると、何者かが一階裏口の錠を破壊して侵入しようとしたが果さず、前記のとおり二階裏側の木の雨戸及び内側の格子のガラス戸のガラスを外し、格子の間から手を入れて硝子戸の棒錠を外して店内に侵入し本件商品等を盗んだものであることが明らかである。

(三) 以上の事実によれば被告は夜間における本件商品を含む原告の寄託商品の被告の店内保管については十分な注意を払っていたのであって右のような盗難を防止することまでは不可能というほかない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、本件契約に原告が寄託商品に対し、自己の負担で保険を付する旨の特約が付されていたことは認める。しかし、右保険とは損害保険を意味するものであり、かつ右特約はこれにより被告に故意又は重大な過失があるとき以外の場合に、被告が免責を得るという趣旨を含むものではない。

2  抗弁2の(一)及び(二)の事実は不知、(三)の主張は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  被告は、本件契約締結にあたり原告は寄託商品に自己の負担で盗難保険を付し、これにより被告の故意又は重大な過失によらない損害を填補することを約した旨主張する。被告主張の右特約は、原告は盗難保険を付することにより、一定の限度で、受寄者としての被告の保管義務を軽減し、義務違反による損害賠償請求をしないことを約したという趣旨に解せられる。

しかし、≪証拠省略≫により原告が自己の負担において本件契約による全寄託商品につき盗難保険を付することを約したものと認めるとしても、そのことによって、受寄者である被告の善良な管理者としての保管義務が軽減され、また、保管義務違反による損害賠償義務に消長をきたすものと解するのは相当でない。すなわち、本件契約は前記のように原告の被告に対する委託販売を内容とすると共に原告から返還請求があれば被告はいつでもこれに応じなければならないのであるから寄託としての性質を有する。そして、寄託契約関係においては、寄託者は、受寄者が善良な管理者としての注意をもって寄託物を保管し能う限り寄託時のままの状態で返還されることを望むのが通常であり、返還義務が完全に履行されないときにのみ金銭による賠償により不本意ながら満足せざるを得ないものであるということができるから、たとい、被告主張のように原告において盗難保険を付する旨の特約が存したとしても、これによって、原告が寄託契約における基本的債務として受寄者である被告に対し求められる善良な管理者としての保管義務の軽減を認めたものとまで解することはできない。ましてや、本件契約においては前記争いのない事実から明らかなように「被告は原告の要求ある時は直ちに商品を返還すること、返還しない場合は商品の納入価格を弁償する」旨の返還義務不履行の場合の損害賠償に関する明示の約定すら存するのである。そうであれば、原告が盗難保険契約を締結していないとはいえ、この点に関する被告の前記主張は理由なきものといわざるを得ない。因に寄託物に盗難保険を付するという特約の趣旨は、たかだか寄託物の返還義務不履行による損害賠償金を被告の経済的事情等により原告が事実上取得できない場合を慮ってこれに盗難保険を付することとし、その保険料の負担者を原告としたに過ぎないものと解するのが相当である。

三  そこで被告の保管義務違反の有無について判断する。

1  前記のように、本件契約により原告が寄託した商品は一四点で、このうち本件商品であるミンクコートは一着五〇〇、〇〇〇円、羊皮チョッキは一着二三、三〇〇円であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件商品を含め寄託商品の価格は合計二、〇六五、四〇〇円で、その最高価のものは一着五三五、〇〇〇円のミンクコート、最低価のものは一着二三、三〇〇円の右羊皮チョッキ等四着であることが認められる。次に、≪証拠省略≫によれば、被告の店舗にある商品の九五パーセントは被告の所有に属するものであること、被告はこれまで一着の価格が三、〇〇〇円から五、〇〇〇円までの比較的低価のものに限って委託販売をしていたことが認められる。

この事実によれば、本件商品を含む原告の寄託商品は高価なものであるから、被告としては自己所有の商品及び他の安価な委託販売品とは異なり、受寄者としてその保管に特段の配慮をすべきであり、特に自己及び店員が帰宅する閉店後は他の商品と区別してでもロッカー等に保管し容易に破壊されない錠を付することにより盗難に備えるべき義務があったものというべきである。しかし、≪証拠省略≫によれば、被告は本件商品を含む原告の寄託商品を他の商品と共に洋服掛けに陳列し、夜間特に他に保管を移すことなく単に戸締りを点検したのみでそのまま帰宅していたことが認められる。

2  次いで、本件商品の盗難状況について検討をすすめると≪証拠省略≫によれば、被告と店員の小原は昭和五〇年一月一四日午後八時頃店内の戸締りを確認して帰宅したこと、店舗の出入口は表側(北側、シャッター付ガラス製ドアー)と裏側(南側木製片開きドアー)にあるだけで、二階の裏側(南側)は空地に面して窓となり外側にベニヤ製雨戸が三枚、内側に格子入りガラス戸が三枚あり、雨戸は上下に桟を落すことにより施錠し、ガラス戸は接合部分にねじによる棒状の錠により施錠していたこと、犯人は一階裏側のドアーのノブをえぐったが施錠が厳重なため同所からの侵入を断念し、店舗裏側に取付けてあるクーラーを足場にして幅約六ミリメートルの工具様のもので二階裏側のベニヤ製雨戸をそのまま外した後格子にはまっているガラスを外して手を入れて棒状の錠をあけて同所から店内に侵入し、二階洋服掛けに陳列してあった本件商品を盗んだものであることが認められる。

この事実によれば、一階のドアーの施錠は厳重なのに比較し、さして高度にして巧妙な手段を用いなくても、二階裏側の窓にはクーラーを足場にすればそれにたどりつき易く、かつその雨戸、ガラス等の取外しも極端に困難とはいいがたいから、高価な商品の受寄者である被告としては盗難に対する備えは十分であったものと認めることはできない。

3  以上1及び2の事実を総合すると、被告は受寄者として求められる保管義務を果したものということはできない。

四  これまで述べたところによれば、本件商品の盗難による返還義務の履行不能は被告の責に帰すべきものということができるから、本件契約により、その損害賠償として納入価格合計五二三、三〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年三月二三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の本訴請求は理由があるから全部これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

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